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縄文時代の日本人は今とは全く違う民族で、

違う人種だと思う。

この大らかさ、自由さ、

何より平和を好む、穏やかな、森と山の民。。。
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時折、海外の文化を知るドキュメンタリーなどで、

ネイティブアメリカンや北極圏に生きるイヌイットやアイスランドの少数民族、

そんな人々を見るにつけ、

縄文の人々の気配を感じるような気持になるときがある。。。

ネイティブアメリカンの文化や造形物の中に、

イヌイットや北極海の少数民族の風貌の中に。

自然と共に生き、自然や生きとし生けるもの、大きな動物達に向ける

畏怖、畏敬のまなざしに。。。

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それらを大事にしてきた人達にだけに表現できる芸術。






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by nazunanet | 2017-11-12 18:50 | art、 music,movie,etc | Comments(0)

出雲大社の御柱(追記)

国譲り神話に登場する大国主命を祀った出雲大社。

縄文文化を色濃く残すお社。
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丸い円は、この場所から御柱が出土されたという印し。

一つの直径が人と比べると、どれほど大きかったか分かります。

そしてそれを三つ束ねて、一つの御柱に使用されたらしいのです。

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こちらは神社に隣接する博物館に展示されている発掘された柱。

かなり朽ちているけれど、しっかり残っている。

このような御柱を持つお社がどんなだったかというと。。。

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高さ48m、階段の長さは109mだったと推定されるそう。
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この大階段を上って神託を受けていたというのは、どんな人だったろうか。

古代日本へのロマン。。。

(追記)
この発掘された御柱の時代は鎌倉時代頃らしいのですが、

青森にある縄文の三内丸山遺跡にも、

同じような巨大な柱を建てた痕跡の遺構があるのです。

縄文時代の宗教観の名残が出雲に受け継がれているのかもしれない、と

本当に古代日本へのロマンが掻き立てられます。

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巨大なお社の千木。

日本の神社は決まった年毎に全てを新しいものに建て替える。

古代からの信仰のカタチでしょうか。
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島根は和鉄の産地。

大量に発見された古代の奉納の剣。

世界中で鉄は産出されるけれど、

日本の土壌から産出された和鉄は非常に優れた鉄なんだそうで。

ただ一辺倒に硬いだけでなく、バネがあるのだとか。

和鉄を鍛錬した刀や包丁は、外国の鉄器と格段の差を感じる。

でも、日本古来の自然鉄はもう殆ど無いのだと聞いたことがある。

刃物などの鍛冶職人さんは純粋な和鉄を得るために、古い和釘を探すのだとか。。。



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by nazunanet | 2016-06-24 17:58 | 旅と街歩き | Comments(0)

縄文期の日本人

今日、ネットニュースの記事で気になるものを閲覧。
山陽新聞デジタルが伝えている記事。


「縄文期は争い少なめだった?
暴力死亡率1%台 岡山大教授ら人骨分析」

というタイトル。
以下に記事も引用。。。
-------------以下引用----------------
 縄文人の社会は争いが少なく平穏だった―。岡山大大学院社会文化科学研究科の松本直子教授(認知考古学)、山口大国際総合科学部の中尾央助教(科学哲学)らの研究グループが、全国の縄文遺跡で出土した人骨を調べ、暴力による死亡率を分析。欧米などのデータと比べ5分の1以下の「1%台」と算出し、英国の科学雑誌に30日発表した。

 発掘調査報告書で、出土人骨の状態が確認できる国内242の遺跡から、成人の人骨1275体のデータを収集。13遺跡の23体に何らかの武器で攻撃を受けた痕跡があり、割合は1・8%だった。子どもも含めると0・9%まで下がる。岡山県内では津雲貝塚(笠岡市、国史跡)など5遺跡の113体のうち、船元貝塚(倉敷市)の1体だけ、胸部に石鏃(せきぞく)が刺さっていた。

 欧米やアフリカでは、縄文期と同じ狩猟採集時代の遺跡から大量虐殺を示す人骨が発掘されるなど、暴力での死亡率が十数%を占める研究データがある。テロや紛争が頻発する世相と絡めて、人類学や哲学の分野で「戦争は人間の本能」との考えが広がりつつあるという。

 今回の結果を、松本教授は「縄文期の日本列島は、狩猟採集できる食糧がまんべんなく分布し、人口密度も低いことから集団間の摩擦が少なかった」と分析。さらに「人類が必ずしも暴力的な本能を持ってはいないことも示す。戦争の原因を人の本能に求める風潮に再考を迫る一歩になる」としている。

----------------------------------------------

これまで、ずっと不思議だな、と思っていたことが、

最近になってやっと国内外の考古学研究者の方々の発言ですっきりとしてきたように感じる。。。

以前HPのニッキにも記したけれど、

上野にある国立博物館の日本の考古学発掘品の展示室を眺めながら、

そして1万5千年に渡る縄文の年代表を眺めながら、

「これがどんなに凄いことなのか、何故、人々はもっと感嘆しないのだろう。。。」

とずっと不思議に思っていた。

1万5千年以上も続く文明、文化!

確かに、世界各国の文明は偉大なものを発明してきたし、

巨大な国土を作り上げてきたと思う。。。

世界中の国々が、古代文明から今の現代ですらも、

一度も止むことのない争いと略奪と暴力の歴史が繰り返される中で、

縄文人は、平和な営みを1万5千年も継続可能にしていた。。。。

今の年代が「西暦2016年」という単位を考えても、

環境にも人にも生物にも「優しい」文化だったからこそ、

そこまで続いているんだ、と思っていた。

記事の最後にあった一文が光る。
------------以下引用------------------------

「人類が必ずしも暴力的な本能を持ってはいないことも示す。
戦争の原因を人の本能に求める風潮に再考を迫る一歩になる」としている。
---------------------------------------------


追記;

そういった平和で穏やかで共に励ましあう心の名残が、

大震災や津波に遭ったときの譲り合う心で励ましあった東北の人たちの姿に垣間見えた気がする。。。

も、もちろん、縄文期は東北、北海道のことだけでなく、

日本全土に渡っていたもので、次第に大陸からの流れで、

縄文の精神を受け継ぎ、大地と自然と共に生きる人々は、

北へ北へ追いやられてしまった、というのが歴史で伝えられていることだけど。。。

いにしえの日本の大地に暮らしていた、心穏やかな知恵者たち。

その人たちのことを、

もっと、もっと知りたいと思う。。。
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by nazunanet | 2016-03-31 13:02 | art、 music,movie,etc | Comments(0)

HPのニッキは2年分しかnet上で残していないので、

以前のニッキの中から少しずつブログの方へ移す作業。

カテゴリーやタグごとに分類されるので、

便利だということにやっと最近気づく。。。

整理整頓。


2015年 文月 7月8日 WED

毎年恒例の「発掘された日本列島」展を見に、江戸東京博物館へ行く。

 

機織りをしている人物の埴輪が出土。

バラバラになっていたものを復元したのがこちら。

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驚いたのは、実際の埴輪はこんなだったという完全復元模型。

赤と白の草間弥生風の水玉の衣装と、白と黒の台座のデザイン。

モダン!


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古代の弥生人(勿論、縄文人も)は日本人の祖先だけど、

文化も宗教も風習も言葉も違えば、もう現代の日本人とは完全に異質で違う民族のようだと思う。

発掘物や当時の(おぼろげながら分かる)宗教感などを垣間見ると、

同じ土地に生きてこそいるけれど、固有の伝統の文化を受け継がなくなったら、

同じ民族とはいえないのかも。。

それほどまでに古代日本人はいまの日本人と全く違う気がする。

 

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衣服や装飾品の華美に勤しむことが無駄なものでは一切なく、

逆にいかに美しいものを作るか、研鑽して、また心を込めて作っていたような気もする。

どんな風にすれば美しく仕上るか、着飾れるか、

こういったことは本能からくる欲求なのではないのかな、と思う。

鳥類のオスが彩りの美しい羽をまとってメスに求婚するように、

(野生動物の多くは配偶者を選ぶ決定権をメスが握っているからなのかも。。。)

他者と区別する、個を際立たせる、という行為。

採集や狩猟生活をしていた時代は、1日1日を食べていくことだけでも大変だったはず。

それでも細々と暇を見計らってだろうけど、長い時間を装飾品を作ることに費やしていただろうと思われるような、

凝った作りのアクセサリーなどが出土している。

勿論、採集と狩猟生活から稲作生活に変わって貧富の差が生まれたことで、

貢ぎ物として宝飾品を作る職人達が生まれただろうけど。

古代に限らず、着飾るという本能はかつて江戸時代に華美に着飾ることを禁止されたり、

身分によって絹の美しい着物が御法度だったり。そんな時代の人々の智恵と執念(?)から、

現代にも受け継がれる様々な美しい伝統工芸が生み出されている。

飾りたい!という欲求がなければ、こぎん刺しだって染めだって、絣や紬だって生まれていないし。。。

 

それにしても、殆ど素材が何もないところから「美」を生み出す日本人の才能はなんなんだろうと感嘆する。

古来の日本人とは違う民族、などといったけれど、

環境に順応していきつつも、根底にあるものはそうそう変わらないということなのだろうか。

ワクワクするような古代日本人への興味はつきません。

 

 



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by nazunanet | 2015-07-08 20:14 | art、 music,movie,etc | Comments(0)

「袋もの屋 薺nazuna」と「nazuna_antique」作家兼店主の日々のあれこれ。布のこと 麻のこと Antique FOOD 古道具 手仕事する人々のこと 


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