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”森のイスキア”の佐藤初音さんの言葉と、”原爆の日”のこと

先日、古い雑誌を整理していたら、

青森・弘前で「弘前イスキア」と「森のイスキア」を開いて活動されていた、

佐藤初音さんの特集が載っていた。

じっくりもう一度読んでいると、幾つもの言葉が胸に入ってくる。

ーーー「食べるということは、食材の命を頂くということ。
    そして、口に入れた瞬間、その命は自分のなかで生きることになる。
    だから強くなれるんじゃないでしょうか」ーーー

魂をこめて祈るように作った料理が、

傷ついた心を抱えてイスキアを訪れた人々の癒しになり、

助けとなってきたこと。。。

ーーー「買ったものでは、ただおなかを満たすだけ。
    愛情をかけてつくったものでこそ心を満たすことが出来る」---

ああ、すごいことだなあ、と思う。。。

食べることは人間のみならず、命あるもの、すべての存在が必要なもの。

宇宙の星々でさえ、

エネルギー交換して”生命”は回り続ける。。。

食べ物はすべて命から出来ている。

それをおろそかにせず大事にすることこそが、

本当に命の源になっていくということ。。。

そして、丁寧に心をこめたもののみが”心”の、”魂”の糧になるということ。。。


かつて佐藤初音さんが人々のために

こしらえたような料理には程遠いかもしれないけれど、

家で日々のごはんを丁寧に作ろうと思う。。。

青菜を茹でるときも、初音さんは鍋に入れっぱなしにしないで、

青菜が鍋の中で”透明になる瞬間”までじっと見ていると言います。

ーーーそれはいままで青菜が大地で生きていたときより、
   もうひと段階鮮やかな緑に変わる瞬間。茎を見ると透き通っています。
   そのときこそ、野菜が私たちの命とひとつになるために
   生まれ変わる瞬間なのだと話します。それを初音さんは、
   「命のうつしかえ」と呼んでいます。---

野菜を茹でるとき、何か他の道具類を洗いながら、とか、

他の料理の準備をしながら、など”ながら作業”でやってしまったりしている私。

この特集を読んだあとで、

野菜を茹でるとき、炒めるとき、食材の様子に注意を払って、

じっと見ながら作り上げた料理をお皿に盛ってテーブルに出したら、

全然味が違うような気がする。。。

そうして一口食べたダンナさんの顔も、美味しい!といった言葉も。

何も言わずに出したのに違っているのは分かるというのも驚きで。。。

ちゃんと注意を向けて、じっと食材の様子を見ながら料理をしていくだけで、

味自体が変わっていくんだな、と。。。


ーーー「食べるということは、食材の命を頂くということ。。。」---


食事を見直すと個人の暮らしも、

もっと広い地域の土地も、

それこそ国も変わっていくんじゃないかと思ったりする。。。

自分や家族の身体に良いものを、と思うと、

素材が育つ土や水、海、空の環境を良いものにしたいと思う。

そういう意識を持つ人が沢山増えれば、

戦争や争いで大地や海や空を汚したいなんて思わないはず。

植物や虫や動物たち、海の生き物たちも大事にするはず。。。


毎年夏が来ると、

大戦時の広島と長崎のことを思う。。。

そんな大惨事があっても尚、

核武装を止められない国々。原発を稼働するのをやめられない国々。

自分が立っている足元の土を毒で汚したり、

自分が登っている木の枝を切ったりするような愚か者の喜劇のようで。。。

そんな喜劇の道化師たちが、

ツワモノのふりして群れを率いようとしているように感じて。。。


右往左往と振り回されず、

群れない人が増えていけば、

まだ光はあるのかも。。。


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文章中に引用したのは、
天然生活 2012年9月号の”佐藤初音さん 結びの台所”から。













   



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by nazunanet | 2020-08-09 16:59 | 日々のあれこれ | Comments(0)

「袋もの屋 薺nazuna」と「nazuna_antique」作家兼店主の日々のあれこれ。布のこと 麻のこと Antique FOOD 古道具 手仕事する人々のこと 


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