フィレンツェ スタデュオ・アルテミオ・フランキの思い出(長文)

平昌オリンピック開催中だけど、
欧州チャンピオンリーグの決勝トーナメントも始まった。

調子が落ちていた前回王者のレアル・マドリードは、
絶好調のフランスチームのパリ・サンジェルマン(PSG)と対戦。
2連覇も果たしたマドリーだったけど、
エースのCロナとベンゼマの得点力不足で、
今季のリーグ戦は現在4位という位置。
これ以上下がったら来季のCL出場も危ない。。。
ドキドキの一戦目だったけど、3-1で快勝。
次、パリでのアウェイも勝てば、上に進める。
ジダン監督の進退問題まで飛び出してたけど、なんとか成ったかな。。。

あと応援しているのは、イタリアのユベントス。
かつてジダンが所属していたイタリア王者。
トッテナム戦、よもやの2-2のドロー。
アウェイゴールを2点も入れられたので勝ち進めないかも。。。
どうなる。。。

ジダンがレアルでプレーする前、所属していたのがユベントス。
当時、本場でサッカーが見たくてたまらなかった。
まだまだ欧州サッカーが日本でメジャーになっていなかった頃だったし、
イタリア現地では、サッカースタジアム周辺やバーで
サポーター同士の衝突や乱闘で、
度々死者も出るほど荒れていた頃だったので、
現地のスタジアムに行くのは大丈夫なのかな、と不安もあった。。。

でも、ちょうどフィレンツェへの旅行を計画していて、
旅のコンセプトは教会美術やウフィッツィ美術館など、
ルネサンス芸術にどっぷりはまる旅。
旅行に行くときは一都市に2週間近くゆっくり滞在して、
その街に暮すような旅にするのがお気に入りだった。
なので、日曜日開催のユベントスの試合が
フィレンツェで観戦できるようなスケジュールを組んで現地へ赴いた。

今はサッカー観戦のチケット込みで観光ツアーがいっぱいあるけど、
当時はそんなツアーは全く無くて、
スタジアム観戦方法の情報も乏しい中、
フィレンツェの街に辿りついてから
サッカーチケットを販売している場所を探し当て、というような手探り旅。

旧市街内のブースでチケットを買おうとしていたら、
窓口係が英語を話せなくて通じない。
といっても私も英語は得意じゃない。
日本語と大阪弁とのちゃんぽん英語。(笑)
困っていたら、そこら辺にたむろしていたオジサンたちが寄ってきて、
チケットを買う手伝いをしてくれた。(笑)

ゴール裏は過激サポーターの坩堝なので安全な席にしてくれ、と頼む。
「セーフティープレイス、プリ―ズ」
と何度も繰り返す私。(笑)
「オーケイ、オーケイ」とおじさん達が、
「ここがいいだろう」「いや、こっちがいい」などと言い合っているのを
お任せで見ている私たち。

本当にイタリアの人たちは人懐っこくて親切。
やっとおじさん達が太鼓判の「セーフティプレイス」のチケットを手にして、
あとは試合の日を待つのみ!

当日はお昼頃からフィレンツェのチーム「フィオレンティーナ」の
大応援団らが旧市街を練り歩き、
拡声器でチームの勝利を応援しようと叫んでいる。

夕方になってフィレンツェの郊外にあるホームスタジアム、
「スタデュオ・アルテミオ・フランキ」へ向かうことにした。

駅前のバスの停留所には沢山のバス。
でも、どれがスタジアムに行くバスなのか、
どこに停留所があるのかが分からない。
イタリア語が出来ないので停留所にいるおじさん達に英語で尋ねるけど、
英語が分からない人もいっぱいいて。。。
「サッカーを観に行くのか?」と驚かれたり。
バスの乗り場が分からなくて、来るバス、来るバスに乗り込んでは、
バスの運転手に「go to サッカースタジアム?」と聞きまくっていた。
「あっちのバス停だよ」とやっと男子学生らしい人が教えてくれて、
発車しかかっているバスに走って乗り込む。

やっとのことでスタジアムに到着したら、
入り口の辺りは火のついたままの火炎瓶がゴロゴロ転がって、
大声で怒鳴り合うフーリガンっぽい人達がいっぱい。。。

ユベントスのサポーターの入り口は裏の方へと案内看板があるけど、
とてもじゃないけど、そんな状況下でそこへは行けなかった。。。(苦)

周辺にはフィオレンティーナやユベントスのユニやマフラーなど
グッズを売っている屋台もいっぱいあったけど、
ユベントスのを買ってたら、火炎瓶を持った人達から何をされるか分からない!
そんなわけで、まるで踏み絵を踏むように(苦笑)、
フィオの紫色のマフラーとニット帽を二人で買い、
それを身につけて入場しようということになった。
いざ、フィオレンティナサポで埋め尽くされたホーム側の恐怖のスタンドへ。
(もちろん、おじさん達が選んでくれたチケットはホーム側。。。)

スタジアムに入るゲートで何故か私たち二人ともボディチェックを受け。。。
「私たち日本からの観光客です!」と言っているのに、
カバンを開けろだの上着の前を開けろだのと。。。
氷点下だったので、ウールのストールやひざ掛けを持って来たので、
大きい鞄になってた。
ヤワな観光客に見えないようにと黒の革のパンツに黒のフードパーカー、
しかもフィオのマフラーを巻いてたので、
熱狂的サポーターと勘違いされたみたいで。。。
地元の若者たちが何のお咎めもなくゲートをくぐっているのを横目に、
警備員から火炎瓶持ち込んでると勘違いされた私。
本当に憤慨しちゃう。(笑)


そこまではふんだり蹴ったりな感じだったけど座席に着くと、
おじさん達があーだこーだと時間を掛けて選んでくれただけあって、
周りは小さい子供連れのファミリーの多い安心な席。
「良かった~」
当時のラインナップは、ジダン、デルピエロ、トレゼゲ、
コンテ(現チェルシー監督)、ファンデルサール、
フィオはアルゼンチンのFWバティストゥータ、ルイコスタ、
キエーザ(今、彼の息子がフィオで活躍!)、監督トラパットーニなどなど。。。
当時のフィオはセリエAの中でも華やかな雰囲気のある選手が多くて、
みんなロン毛をなびかせてピッチを走り回ってて恰好良かった。
今、思い出すと物凄い大スターたちがすぐそばに!

おまけにユベントスベンチのすぐ裏で、
ユーべのみんなに手の届くように近いところ。
ジダンが途中交代でベンチに下がってきたとき、
階段を駆け下りていってジダンにサインを頼みたい欲求にかられたけど、
海外で”恥ずかしい日本人”にだけはなってはならないと
自らを言い聞かせ。。。(笑)

試合はスコアレスドローだったような。。。

せっかくジダンが目の前でプレーしているというのに、
観客席でサポーター同士が繰り広げる罵り合戦が
あまりに物凄いので見入ってしまった。。。
とにかく当時は今のスタジアムのような安全な雰囲気のかけらもなかった。
金網で仕切られてたり、
今みたいなボランティアで集められたような警備員じゃなく、
プロの警備員、そして大勢の警察が出動して物々しかった。

試合が始まってからもお互いに炎のついた火炎瓶を投げ合ってるし。(恐怖!)
一番びっくりしたのが、
フィオ・サポらが大きな紙の気球みたいなのに火をつけて振り回して、
アウェイサポの席にぼわ~んと投げ込んでた巨大な火の玉攻撃。
直径数メートルもの巨大な火の玉が夜空に眩しいほど舞い上がって、
アウェイのユーべ・サポの観覧席にゆっくり落ちていく。。。
蟻のように小さく見える遠くのアウェイサポらがワラワラと逃げ惑う。
キャーキャーワーワーと火を消し、またお互いに大騒ぎしあう。

そんなのを試合中ずうっとやり合っていて、
彼らはピッチの方を全然見ていない。
かくいう私も驚愕のていで唖然と見入ってしまって、
殆ど試合に集中できなかった。(笑)
日本ではこんな光景にお目にかかれないので、
びっくりすることばかりで、
もし自分達がユーべの応援をしているとバレたらどうしようとまで思った。
ジダンが華麗なプレーでボールを操っているのを、
「おお、凄い!ジダン!」と思わず声が出てしまいそうになるのを堪え。
でも、フィオ・サポの人達がジダンがボールを持つ度に、
「oh、ジダン、oh!ノー、ノー」と言い合うのも可笑しくて。
巧い選手にはライバルチームでもリスペクトしてたのがなんか嬉しかった。

独特の、強烈な雰囲気のあるフィオレンティーナのスタジアム。
ハーフタイムの時、我慢していたけど、やっぱりトイレに行くことに。
恐々と入っていくと、狭いトイレ内はフィレンツェの女性達でいっぱい。
日本のように列にもなっていない。中はぎゅうぎゅうで、
どこが最後尾でどこに並べばいいのかも分からず黙って待っていたら、
横の女性が「どうぞ、あなたの番よ」と教えてくれた。
「えっ、私?」とオウム返しに聞くと、
「そうよ、あなたの番よ」と
そこにいた人たちが優しくうなずいてどうぞと言ってくれた。

(すごいなあ。。。)

前日に人気のトリッパ・パニーニ屋台で並んだときも、
一体どこが最後尾か誰の後かも全然分からなかったけど、
その時もみんなが「あなたの番よ」と教えてくれた。
「私はあなたの後に待ってたから、あなたの番よ」と。
割り込んだり、ズルしたりしない。
日本だとちゃんと綺麗に列を作るけど、
知らん顔して割り込んだりする人に時々遭遇する。
でも、イタリアってジェントルなんだなあ。。。と感動したのを覚えてる。

試合が終わると、
スタジアムから一斉に物凄いスピードで皆が出ていく。
旧市街へ向かうバス停はあっという間に長蛇の列。
とても最終のバスにさえ乗れるとは思えない。
人々は自家用車やバイク、または徒歩でどんどんと家路へ向かう。
誰もいないスタジアム周辺でオロオロしてたら危ない!
早くホテルに帰らなきゃ!
でも、どうやって?

とにかく旧市街方向へ速足で歩く一団がいたのでついていく。
どんどん歩く、どんなに速足でも追いつかないほど皆足が速い!
そして集団が少しずつ脇道へ消えていって、
あっと言う間に数人だけになった。
大通りに出た。でも横断歩道がない。
車道を無数の車やバイクが横切って止まってくれない。
彼らもスタジアムから帰宅しようとしていて、
渋滞にハマるまいと必死のてい。

渡ろうとして渡れない、どうしよう!と困っていると、
前を歩いていた車椅子の人たちとそれを押す人らが、
走っている車道に一気に進み出た。
車椅子の人たちを避けて、やってくる車がスピードを弱めた。
弱めるだけで止まってはくれない。
見ていると、どんどん大通りの車の波を
彼らは車椅子を押しながらぐいぐいと強引に渡っていく。
あとに続かなきゃ!
必死で走って追いつこうとしても追いつけないほどの速さで渡り切っていく。
彼らについていかないと、もう帰れなくなる!
必死で追いすがり、なんとか後ろにくっついて大通りを渡り切った。
彼らは右に曲がって、市街地へ帰っていくようだった。
旧市街へ向かう人は誰もいない。
たった二人きりになった私とダンナさん。
旧市街はまだまだ遠い。
真っ暗な見ず知らずの道を、ひたすら歩く。。。

氷点下の真夜中の暗い道を歩きに歩いて、
フィレンツェのシンボル、ドゥモのシルエットが見えてきたときは、
どんなにホッとしたことか。。。

初めて本場で見たジダンの試合。
そして、セリエAのかつての独特のスタジアムの雰囲気。

セリエAを見ていて、
フィレンツェホームの対戦の試合を見るとき、
やはりその夜のことを思い出す。
全部が今も昨日のことのようにまざまざと。。。

きっと、安全なサッカー観戦が可能になった今なら、
アウェイの応援でも身の危険を感じることなんかないだろうけど、
あれはあれで本当に楽しかった。
強烈な思い出。

そのサッカースタジアム「アルテミオ・フランキ」が、
フィオレンティーナの新スタジアム建設のため、
近く閉鎖されると聞いた。。。

殆どのクラブが巨大なアミューズメント施設としての
新スタジアムを建設しつつある。
もうあの昔ながらのスタジアムが無くなっていくんだな、と思う。

スタジアムの数だけ、
サポーターの数だけ、
試合の数だけ、
沢山の思い出がある。

アルテミオ・フランキの思い出は永遠に。。。



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by nazunanet | 2018-02-17 02:38 | 旅と街歩き | Comments(0)

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